特集 12月のメルヘン

 

◆すやまたけし メルヘンの世界

 第1話「ホワイト・クリスマス」

 第2話「ガラスの夢」

 第3話「コンサート」

 

◆クリスマスを手作りしよう


相鉄沿線時代物語9・・・・大和の巻
ぶらり寄り道!沿線スポット・・・・大和
知りたかった!を体験 クロスtoザ鉄道・・・Vol.9 「かしわ台工機所を訪ねて 上」
今宵の肴9・・・・雲子(真鱈の白子)の柚釜焼き

 


 

すやまたけし メルヘンの世界 

第2話「ガラスの夢」

 

 

 

 開かれた窓から月の光が差しこんでくる。夏の満月の夜だった。

 部屋の中の明かりは消され、月明かりだけが部屋の中をやさしく照らしていた。机の上には、ガラスの置物やコップが並べられていた。さっきから、自分が作った作品を静かに見ていたガラス職人のボイドは、月光を集めて妖(あや)しく輝きはじめたワイン・グラスを手に取った。チューリップの花をモチーフにしたグラスだった。チューリップの茎がそのまま、グラスの脚になっている。

 彼はそのグラスを手にすると、棚から赤ワインを取り出してきた。そして、ワインの栓を抜き、チューリップの花に注いだ。ボイドがグラスを高く掲げ、ワインを揺らすと、月の光が散乱し、まわりに広がった。チューリップの花びらに光と影の模様があらわれてくる。じっと、彼はグラスに映る影に見入った。

 風にチューリップが何百本も揺れている。ガラスの中に、美しいチューリップ畑が見えてきた。ボイドはその風景の中に入っていく。

 今年の春のことだった。森の中、昔、ボイドとハーブが秘密の花園と名づけた広場に、赤、白、黄色、オレンジ、ピンク、紫、色とりどりのチューリップが咲いていた。

 膝(ひざ)まである若草を分けながら、ボイドはチューリップ畑に近づいていく。花は、きれいに色分けされて、咲いていた。風に揺れるチューリップのまわりを、ゆっくり、彼女のことを思い出しながら歩いていく。ある場所に来て、ふと、彼は足を止めた。目の片隅に赤い何かの形が見えたような気がしたのだ。視線をその方向に向けてみる。それは、赤いチューリップのひと群れだった。彼は近づいていく。近づくほど、形がはっきりしてくる。間近に立ちどまり、見おろすと、赤いハートが描かれていた。間違いない、ハーブはその形になるように、赤いチューリップの球根を並べたのだ。その手前に並んだ白いチューリップも模様になっているようだった。ボイドは、その模様を指でなぞってみた。やはり、と彼は思い、今度は、赤いハートの向こう側に並んだ黄色いチューリップに目を移した。目でその模様を追ううちに、彼の両目はかすんできた。

 ボイドは目をつぶり、強く、深く、ハーブのことを思った。

 白いチューリップは彼女の名前を、黄色いチューリップは彼の名前を綴(つづ)っていたのだ。

 

 その前の冬、妻のハーブは病気で大きな手術を受けた。

 付き添っていたボイドは祈ることしかできなかった。手術をしてみるとすでに病状は進んでいた。医師は、ボイドに、もう、手の施しようがないことを伝えた。彼は、落胆し、悲しみの底に沈んだ。結局、ハーブは家に帰ることができなかった。

 ベッドサイドの引出(ひきだし)に小箱があり、ボイドへの手紙が残されていた。

「もう、家には帰れないと思います。秋の頃(ころ)から気づいていました。私が死んだら、ふたりの秘密の花園を見てください。それが、私の気持ちです。私をいつも愛してくれて、ありがとう。あなたへの私の愛も永遠です」とハーブの字で書かれてあった。

 彼女は、みんなが思っているより病気が重いことに気づいていた。それで、去年、冬になる前に、色とりどりのチューリップを300個ほど買ってきて、ふたりの思い出の花園に植えたのだった。もちろん、彼には内緒(ないしょ)だった。

 

 花や香草が好きだった妻のハーブのことをボイドは思った。このチューリップは、球根が残り、来春も咲くだろう。しかし、植えた本人は、見ることができないのだ。それは、ボイドのために植えたのだった。

 ボイドは、この世にひとり、ぽつんと取り残されてしまったことを実感した。チューリップ畑のまわりには、彼女が残したバジル、パセリ、セージ、ローズマリー、タイム、シソ、ミント、カモミール、ラベンダーの新しい葉が芽生え、あちこちに、この春も生命を受けついでいる。新しいバラの苗木も見つけた。チューリップと同じ時期に植えたのだろう。ボイドは、初夏になり、赤い花をつけるバラをひとりで見ることを想像して、淋(さび)しさを覚えた。

 彼が家に帰ろうと歩きはじめ、振り返ると、秘密の花園の花と緑の葉は、風に静かに揺れていた。それらは、静かに手を振っているようにも見えた。

 ワイン・グラスの中で、何百本ものチューリップの花が揺れていた。ボイドはチューリップのグラスを置くと、じっと目をつぶり、亡きハーブのことを思った。

 

 次の満月の夜が巡ってきた。ハーブが死んでから、ボイドは、人づきあいも少なくなり、家にひとりでいることが多くなった。月の光を集めて輝くガラスに甦(よみがえ)る思い出の中で遊ぶのが、ただ1つの楽しみになっていた。

 その夜は、イルカの形のペーパーウェイトを月が照らしだした。生き生きと尾びれを天に向かって跳ねあげたイルカは、ガラスの弟子のモーリをつれて、夏の海に遊びに行ったときの思い出を作品にしたものだ。ボイドは、月光がそのイルカの中で触媒作用を起こし、光と影のゆらめきを生じさせているのを見つめた。やがて、イルカの中に、小さな麦わら帽子の影が見えてきた。

 走馬燈の幻想的な影が巡るように、ガラスの中でいろいろな思い出が甦り、まわりはじめる。

 夏の海だった。モーリは、ナーガラ町のガラス工場に働きにきたばかりの頃で、まだ少年だった。彼は、楽しそうに波とたわむれて遊んでいた。潮風が吹き、モーリがかぶっていた麦わら帽子が飛ばされ、遠くの波間に落ちた。そのまま、沖のほうに流されていく。

 モーリは、ボイドに、「イルカがあの麦わら帽子をかぶるかもしれないね」と無邪気に笑って言った。

 

 ボイドは満月になるたびに、懐かしい思い出と遊んだ。

 ガラスの黒猫が満月の光を集めて輝く晩には、ある幸福な午後に戻った。

 彼は、ハーブが愛した黒猫マーゴが彼女の胸の上でじゃれているそばで、本を読んでいた。テーブルの上には、ミルク・ティーが湯気を立てていた。

 彼は緩やかな時間が流れていくのに身をまかせた。

 砂時計で見た夢では、モーリが、故郷のカムラ町に残してきたマリンという少女に、クリスマス・プレゼントの砂時計を必死で作ろうとしているのを、みんなで手伝った。

 ボイドがふと我に返ると、黒猫のマーゴはとっくの昔に死んで墓の中だし、モーリはその後、マリンと結婚し、今では、3人の娘たちと幸せに暮らしているのが現実だった。

 

 クリスマス・イヴの日、ボイドは、早くから自分の部屋に戻っていた。

 モーリから、彼の家の夕食に招かれていたが断った。

 去年までは、ハーブとふたりでクリスマスを祝ったのに、今年はひとりぼっちだった。彼は、誰(だれ)とも会わずに、ひとりだけで、美しいクリスマスの思い出にひたりたかった。

 この夜も満月が巡ってきた。風のない静かな夜だった。大きな満月が東の空から昇ってきた。ボイドは窓を開け放した。冷気が流れこんでくる。雪で白くなった世界は、月の光で別世界のように見えた。

 彼は、月光を集めて光が踊りはじめた大きな丸いガラスの球を、手の平(ひら)に乗せた。中に、クリスマス・ツリーと小さな人形が入っている。

 透明なガラスの球体は、閉じられた世界だった。中にあるクリスマス・ツリーには、小さな飾りが散りばめられていて、天辺(てっぺん)には金色の星が輝いている。前に立っている白いドレスの人形は、若いときのハーブを模してあった。彼女が死んでから、ボイドが、昔、ふたりで迎えたクリスマス・イヴを思い出しながら作ったガラスの置物だった。

 ガラスの中のハーブ、ガラスの外にいるボイド、ふたりは別の世界にいた。しかし、月の光がゆらめくと、中のハーブが微笑み、ボイドは思い出の世界に入っていった。

 それは、ふたりが出会って、はじめてのクリスマスだった。彼女が料理を作り、ひとり暮らしのボイドを家に招いてくれた。彼女の家族も、彼を温かく迎えてくれた。白いドレスのハーブは美しかった。いつもはお転婆(てんば)で快活な彼女が、気品のある淑女に変身したので、ボイドは驚き、戸惑(とまど)った。言葉遣(ことばづか)いも、変にかしこまってしまう。ボイド以上にぎこちなくしていたのはハーブだった。普段(ふだん)の彼女を知っている家族も、その変わりようから、ボイドに対する気持ちが強いものであることを知った。いつもは彼女にやられている弟が、このときとばかりに姉をおおげさにからかった。

 ボイドは、その日のために作ったガラスのネックレスを彼女にプレゼントした。ラピスラズリの青い宝石を中心に飾ったガラスの十字架だった。ハーブのプレゼントは手編みの黒いマフラーだった。

 その夜、ハーブの家では笑い声が絶えなかった。ボイドも、心から楽しみ、くつろぐことができた。そして、ハーブを心から愛し、彼が一生、ともに人生を過ごすのは世界でただひとり、彼女しかいないと思った。

 それでも、幸福な時間は無情に過ぎていく。ボイドはこの夢が永遠につづくことを祈った。

 

 朝になって、ボイドの家に、モーリがやってきた。彼はボイドを呼んだが、どこからも返事はなかった。モーリは、戸棚と机の上にいっぱいガラスの置物が飾られている部屋に入ってきた。窓は開け放されたままで、さっきまで、ボイドが手に取り眺めていたかのように、机の上にはガラスの玉が置きっぱなしになっていた。モーリがガラス玉を手に取ると、その中に、美しいクリスマス・ツリーと、その前に向かいあう男女の小さな人形が見えた。白いドレスの女性と黒い服の青年、若いふたりは手をとりあってとても幸せそうだった。

 窓から差しこむ朝の光が、ガラスの中の世界を照らした。クリスマス・ツリーの頂上についている金色の星が輝いた。

 ガラスの中の世界では時が止まり、その幸福は永遠につづくように、モーリには思えた。

 

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