>>瓦版トップ >>158号トップ >>駅名を歩く
 駅は、町の顔とか玄関とか言われることがある。その代表格と思った。駅そのものの開業は昭和51年(1976年)だが、現在の駅舎はほぼ10年後の昭和62年に改良してできた。設計に際して、「これからの駅」をテーマにアイデアを公募、それを十分に活(い)かした。そのせいか、駅というよりも“暮らしの中のステーション”という感じだ。訪ねてみると、周辺の洗練された町並みと合わせて、決してオーバーな言い方でないことが分かる。

 町には個性的な建物が並ぶ。しかもビル名は外国語ばかり。

 “アムニス”はラテン語で海流の意味。豊かな海の流れを表現して建てられた。“プラード”はスペイン語で草原。商店街を抜ける風を意識したそうだ。“オベリスク”はギリシャ語で小さな串(くし)。多分、楕(だ)円柱を指したものと思う。その他(ほか)、歩道とベランダを花壇にした“ジスタス”、ガラス屋根が象徴的な“アーカス”、開放的なギャラリーのある“ロッジア”などがある。

 飲食店もカタカナ名が幅を利かせ、洒落(しゃれ)た店構えが目に付く。建築様式を楽しむ人たちには格好な所だ。それもそのはずで、駅前の商業地区は名高い建築家の山本理顕(りけん)氏が設計したもので、町全体も「会員制高級リゾートホテルのような街」をイメージして計画され、緑あふれる、きれいな住環境を実現させた。これに合わせて、駅舎も町並みにふさわしい姿へ改良されたのだ。論より証拠、ぶらりと歩いてみるといい。

 その一角にフェリス女学院がある。キャンパスがもたらす雰囲気も見落とせない。明治3年(1870年)創立のキリスト教の名門女子校だが、昭和63年(1988年)に横浜山手の丘から大学部門の大半を移転させた。電車、バスによる通学のため、そのための駐車場がないのもいい。相鉄にしてみれば、ありがたいお客様だ。その学生たちは、異口同音に「町と学校、それと駅の雰囲気が素晴らしい」と話していた。

 余談だが、同校の設立者は女性宣教師のメアリー・E・キダーで、物心両面で支援したアメリカ改革派教会のフェリス父子に感謝して、その名を校名にしたという。鎌倉歴史教育研究会によれば、キダーは明治2年(1869年)に新潟の英語教師として来日、8カ月後に横浜のヘボン塾でヘボン夫人を助けて英語を教えるなど、近代日本の女子教育の先駆者である。

 緑園都市駅の1日平均乗降人員は約2万6000人。気持ちよく、しかも楽しく、また利用してもらうための苦心がいくつもあった。設計関係者によると、「町がホテルなら駅はロビーフロント」。単なる駅ではない、ということだ。

 ホーム階の東西に屋上庭園がある。そこに展望台が用意されていて、町を遠望できる。駅事務室は、いまでこそ他所でも見かけるようになったがオープンカウンター方式。随所に、鉄骨高架構築物が与える圧迫感をなくそうとしたところが伺える。近くの相鉄文化会館にある相鉄ギャラリーで鉄道写真を楽しもう!展(4月4日〜5月6日。入場無料)が開催される。春うららの陽気の中で、ホッとひと息つくのに格好の場所だ。

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