>>瓦版トップ
>>163号トップ
>>ご存じですか?
かつての神中線と相鉄線
横浜から海老名まで東西に延びる相鉄線(本線)、昔は神中(じんちゅう)鉄道という会社が運営していて、「神中線」と呼ばれていました。相模川でとれる砂利を運んでいたので、「ジャリ鉄」と呼ぶ人もいました。
90年前の大正6年12月に創立された相模鉄道は、茅ヶ崎から厚木を経て橋本まで、南北に走る鉄道を運営していました。つまり現在のJR相模線がもともとの「相鉄線」だったのです。どちらの鉄道も主な目的は人を乗せることよりも、相模川の砂利を輸送することだったようです。相鉄線と神中線は厚木駅で連絡していました。
昭和18年4月、相模鉄道は、輸送の充実を図るために神中鉄道を吸収合併しました。これによって現在の相鉄線(本線)とJR相模線にあたる61.8kmが「相鉄」線となりました。
しかし、太平洋戦争中の昭和18年6月、国策により相模線部分が運輸通信省(当時)に買収されてしまいます。同線はそのまま国鉄相模線となりました。名前が似ているので間違えられることも多い相模鉄道とJR相模線ですが、もともとは同じ会社の路線だったのです。
残された旧神中線部分を相鉄線本線として、昭和51年にいずみ野線(二俣川〜いずみ野)が開業、平成2年にいずみ野〜いずみ中央、平成11年にいずみ中央〜湘南台が延伸開業し、現在の相鉄線になりました。
倉見停車場に停車中の列車
>>このページのトップへ<<
前のページへ
次のページへ
SAGAMI RAILWAY Co.,Ltd. Copyright 2007 All rights reserved.