>>瓦版トップ >>171号トップ >>こだわりの日本語
「細かな点にまで気を使って価値を追求すること」という意味合いで使われているこだわり。でも、本来は「ささいなことを必要以上に気にすること」という意味なのです。こうした昨今の言葉の変わりようなどについて、このページでは少しだけこだわって考察していきます。
[第10回] 丁寧なようで失礼?「〜させていただきます」のワナ
ことばの問題

Q.次の例文のうち、正しいのはどちらでしょうか?

A 「役立たせていただきます」
B 「役立てさせていただきます」

※答えはこのページの下に掲載しています。

 会社や学校を早退する際、上司や先生に対して言うべき言葉として適切なのは、次のうちどちらでしょうか?

 A「帰らせていただきます」
 B「帰らせてください」

 相手から「帰りなさい」と言われたのであれば、「帰らせていただきます」で問題ありません。ただし、自ら話を切りだしたのであれば、「〜(さ)せていただきます」は自分の都合を一方的に宣言したに過ぎず、お願いしていることにはならないのです。つまり、相手から求められるか、先方の意向に沿うような形で行為を行う場合には「〜(さ)せていただきます」は問題ない。でも、そうでない場合はむしろ無礼な表現になってしまいます。こちらからお願いするのであれば、「帰らせてください」と言うほうが適切です。

 例えば、夫婦ゲンカの末に決定的なセリフが発せられた場面を想像してみましょう。相手から「別れてください」と言われた場合、別れるか否かの選択権はこちら側にゆだねられた形になります。でも、「別れさせていただきます」と言われたなら、こちらが首を縦に振ろうが横に振ろうが、きっと相手が家を出るか、こちらが追い出されるかすることになるでしょう。

 「別れます」ではなく「別れさせていただきます」と言った場合、「させて」「いただく」と二重に敬意を表す形になっています。でも、結果的に「〜(さ)せていただきます」は、相手のことではなく自分のことのみを考えた、強引で不遜(ふそん)な表現になっているのです。

 飲食店などで最近よく目にする言葉に、「おタバコはご遠慮させていただきます」があります。これは、自分がタバコを遠慮する場合に使うのなら構いません。でも、店側から発せられた場合は、「客がタバコを遠慮する(吸わない)ことを(店側が一方的に)させてもらう」となります。愛煙家の肩を持つまでもなく、とても客に対する言葉とは思えないような失礼な意味になるのです。

 このほか、「休業させていただきます」「説明させていただきます」など、なぜか勝手にこちらの許可を求めてくるような「〜(さ)せていただきます」が街中にはんらんしています。なんとも押しつけがましい世の中になったと慨嘆しているのは、わたしだけなのでしょうか。(談)

ことばの問題

A.正解は、Bの「役立てさせていただきます」。

【解説】企業のホームページなどで「お客様のご提案を役立たせていただきます」といった表現を目にすることがあります。
 でも、提案のような[モノ]が「役立つ」場合、「[モノ]に役立たせる」と使役形を作ることはできません。意志のない[モノ]が自ら「役立つことをさせる」というのは無理がありますから。この場合は、企業などが主語にくる「役立てる」を用い、「役立てさせていただきます」としたほうが適切です。


きたはらやすお■筑波大学名誉教授(前学長)。独立行政法人日本学生支援機構理事長。多くの辞典の編纂(へんさん)に携わっているほか、「問題な日本語」(大修館書店)などの編著書も多数。

>>このページのトップへ<<
前のページへ 次のページへ