>>瓦版トップ >>174号トップ >>特集 今宵、夫婦でBarへ
Illustration:Takase Masahiro
男と女が引き寄せられて
 「君の瞳に乾杯!」−。これまで観(み)てきたあまたの映画のなかで、このセリフほどうならされるものはない。第二次大戦中に製作された珠玉のメロドラマ「カサブランカ」(1942年)で、アメリカ人のリック(ハンフリー・ボガート)が恋人のイルザ(イングリッド・バーグマン)にシャンパンの入ったグラスを手渡し、いまやスタンダード曲になった「時の過ぎ行くままに」の甘美なメロディーに合わせながら、ささやいた言葉である。どうにも照れくさくて、ぼくには絶対に言えないフレーズだ。

 二人が出逢(であ)った戦前の平和なパリ、そのパリが陥落した日、そして別離ののち偶然、再会した北アフリカ・仏領モロッコのカサブランカ。いずれも純然たるバーではないが、酒場なくしてこのセリフはあり得なかった。

 「Here's looking at you, kid!」。これが原語。直訳すれば、「君を見ることに乾杯!」といったところか。どこにも「瞳」の言葉が入っていない。しかしバーグマンの潤んだ瞳はまるで宝石のようで、それがシャンパンの優美なムードとマッチし、「君の瞳に乾杯!」という不朽の名ゼリフが生まれた。字幕翻訳者(故高瀬鎮夫さん)の鋭い感性に乾杯したくなる。

 それにしてもパリで理由もなく失踪(しっそう)し、記憶から断ち切ったイルザが、自分の経営するカサブランカの酒場に姿を現すとは、リックは思ってもみなかった。しかも反ナチス活動家の夫を伴って。彼女が人妻だったとは!それでも二人は恋の炎を再燃させる。なんという運命のいたずら。そんな危うい空気を、映画のなかのバーはしばしば演出する。

 この作品と並び評される恋愛映画の秀作「めぐり逢い」(1957年)でも、互いに想いを寄せる男女を結びつける場としてバーが登場する。それがふつうのバーではない。ニューヨークに向かう豪華客船のバーだ。

 「シャンパン・カクテルを。ロゼのシャンパンで」。世界的なプレーボーイのニッキー(ケーリー・グラント)がカウンター越しにオシャレなカクテルをオーダーし、タバコを買いに行っている間に美貌(びぼう)の歌手テリー(デボラ・カー)が来て、おなじものを頼む。バーマンは角砂糖の入った二つのカクテル・グラスに粛々とロゼのシャンパンを注ぐ。彼らの心そのままに淡いピンク色に輝くグラス。そこへニッキーが戻ってくる。

 すでに船内で出逢っていた二人は互いに胸のときめきを覚えていたが、ともに婚約者がいる身、公然と付き合うことができない。それがバーで再会し、二人してロゼのシャンパン・カクテルというちょっぴり珍しいお酒を嗜(たしな)む。波長がドンピシャ。急接近しないはずがない。華麗なシャンパン・カクテルが絶妙に利いており、バーを見事に生かしたシーンだった。

 とびきり強烈なカップルといえば、アクション映画「ミスター&ミセス・スミス」(2005年)のジョン(ブラッド・ピット)とジェーン(アンジェリーナ・ジョリー)を思い出す。南米コロンビアの首都ボゴタのホテルで知り合った二人はその夜、街のバーでホワイト・ラムをあおり、雷雨のなか情熱的なタンゴを踊って、たちまちゴールイン。互いに凄腕(すごうで)のヒットマンという〈裏の顔〉を知らずに……。冷静さを失わせるお酒が罪深い!?

ジャズの調べに酔って
 巷(ちまた)にジャズ・バーがあるように、バーのゆったりとした静謐(せいひつ)な空間には大人のサウンドともいえるジャズがひじょうによく合う。しがないジャズ・ピアニストの兄弟と美人シンガーとの心模様を綴(つづ)ったアメリカ映画「恋のゆくえ〜ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」(1989年)は、その最たるものだった。ピアノの上に横たわってハスキー・ボイスを聴かせるミシェル・ファイファーのなんと艶(つや)っぽいこと。ぼくは完全に魂を奪われた。

 日本映画でも、デューク・エリントンの名曲をタイトルに冠した「いつかA列車に乗って」(2003年)というジャズ・バーを舞台にした人間ドラマがあったが、ウイスキー愛飲家のぼくには、「大停電の夜に」(2005年)が忘れがたい。クリスマス・イブの夜、大規模な停電に見舞われた東京のとあるジャズ・バーに集った12人の男女が織りなす物語。

 路地裏にあるそのバーがなんともレトロな雰囲気をかもし出しており、見るからに居心地が良さそう。バーマンはかつての恋人をどうしても忘れられない元ベーシスト(豊川悦司)。憂いを帯びた表情が印象深い。ビル・エヴァンス・トリオが奏でる「マイ・フーリッシュ・ハート」(1961年録音)の甘く切ないメロディーにも聴き入ってしまう。

 そんなバーの止まり木に腰をおろしたおじいちゃん(宇津井健)。和服の上からちゃんちゃんこを羽織り、首には赤い襟巻き。どう見てもバーには不似合いだが、立ち居振る舞いがじつにサマになっていた。シングル・モルト・ウイスキーのお湯割の入ったグラスを頬(ほお)に当てたりして、可愛(かわい)い仕草も見せる。若かりしころ、きっとバーに通い慣れていたはずだ。

 それにお酒をよく知っている。そう思ったのは、“夫婦喧嘩(げんか)”の末、街中の車庫に停(と)めてあった他人のマスタングを勝手に乗り回したことへのお詫(わ)びの印にと、シングル・モルトの逸品バルヴェニーのダブルウッド12年を持ち主にプレゼントしたから。円熟味のあるウイスキーとおじいちゃんの人柄がバッチリ重なる。めちゃカッコよかった。これぞダンディズム!

人生の悲哀を映し出して
 「ヴィスキーちょうだい。シンシャー・エールを添えて」

 サイレント(無声映画)時代に一世を風靡(ふうび)したスウェーデンの美人女優グレタ・ガルボが、トーキー初出演作「アンナ・クリスティ」(1930年)で披露した第一声がこのセリフだった。ハスキー・ボイスで、強烈な北欧訛(なま)りの英語。しかも気品の高さをセールスポイントにしていた女優が人生にやつれた汚れ役とあって、ファンはさぞかし驚いたにちがいない。このアメリカ映画は「ウイスキー」という言葉が、映画のなかで最初に音声として流れた記念すべき作品だといわれている。

 冒頭、ニューヨークの場末のバーに彼女が入ってきて、ひとり紫煙をまき散らしながら、やけ酒まがいにウイスキー(バーボンかな?)をストレートでグビリと飲み干す。それも2杯立て続けに。いかにワケありとはいえ、こんな飲み方はよろしくない。身体(からだ)にも悪い。とても哀(かな)しいお酒の場面なのだけれど、美女とウイスキーとの意外な取り合わせがしごく新鮮に映り、このシーンがぼくには妙にいとおしく感じられた。

 映画に描かれるバーでは、このようにひとり酒が存外に多い。その人物の心理状況や生活環境を的確に描写できる手段としてうってつけだから。ビリー・ワイルダー監督の名作「アパートの鍵貸します」(1960年)では、ジャック・レモン扮(ふん)する独身サラリーマンがクリスマス・イブの夜、酔客で混み合うバーでひとり寂しくマティーニを飲んでいた。アメリカ映画には、「カクテルの王者」と呼ばれるマティーニが頻繁に使われる。

 彼は失意のどん底にあり、カウンター席にはすでにオリーブ用の爪楊枝(つまようじ)が6本並べられている。そして7杯目のグラスに手をつけ、オリーブを抜いた爪楊枝をそっと置く。時計の針のように同心円を描く爪楊枝。これでバーに来て1時間以上経(た)っていることがうかがえる。

 悲哀に満ちた男のうしろ姿……。あゝ、やるせない。人生模様の一断面をバーとお酒で見せ切った、映画史に残る名場面である。

楽しくグラスを傾けて
 外国映画をよくよく見ると、日本によくあるいかにもバー然とした店があまり出てこない。イギリスやアイルランドのパブに代表されるように洋風居酒屋っぽいものが多く、フランス映画やイタリア映画で登場するカフェやバールにしたって、いたってざっくばらんだ。お酒をじっくり味わうというより、夫婦や恋人、友や仲間との語らいの場として描かれている。実際、欧米では高級ホテルのバー以外はほとんどそんな感じ。

 ポール・ニューマンが、バーボンのJ.T.S.ブラウンを片時も手放さず、生意気なプロの玉突き師を熱演した「ハスラー」(1961年)のように、時としてバーは男の戦いの場ともなる。それはしかし例外中の例外で、バーはやはりくつろぐところだとぼくは思っている。たまには気取ってグラスを傾け、お酒のうんちくを披露するのもいいだろう。でもリラックスして楽しんでこそ、バーの世界がより身近なものになるのではないかな。

 その意味で、ぼくはアイルランドのパブが大好きだ。かならずノリのいいライブ演奏が入り、気分が華やいできて、ついついギネスのグラスをお代わりしてしまう。ジョン・フォード監督のアイルランド讃歌(さんか)「静かなる男」(1952年)、娘の妊娠を知り、家族が大騒ぎをする「スナッパー」(1993年)、宝くじの賞金を村人たちが結託してだまし取る「ウェイクアップ!ネッド」(1998年)……。アイルランドの映画に出てくるパブを見れば、少々雑然としているとはいえ、和気あいあいとした空気が充満しており、お酒は楽しく飲むものだとつくづく実感する。

 これからどんなバーとお酒が銀幕に彩りを添えてくれるのか。そう考えるだけで、なんだかほろ酔い気分になってしまう。

たけべよしのぶ■1954年、大阪府生まれ。元読売新聞記者。1995年からフリー。映画、ケルト文化、洋酒をテーマにユニークな執筆活動を続ける。著書に「ウイスキーはアイリッシュ」(淡交社)、「シネマティーニ 銀幕のなかの洋酒たち」(同)、「ケルト映画紀行」(論創社)など。11月末に「ケルト」紀行シリーズ(彩流社)の全10巻が完結する。

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