>>瓦版トップ >>176号トップ >>特集 あったか鍋のおいしい秘密
思春期と鍋の微妙な食い合わせ
 「鍋」と聞いてまず思い出すのは、子どものころのすき焼きのことです。「サザエさん」を見ていると、夕飯がすき焼きであることを告げられ、カツオやワカメは「ヤッター!」などと言って大はしゃぎ。いざ食事が始まれば肉を奪い合うというトラディショナル・ギャグのようなものが繰り広げられます。そうしたシーンを見るにつけ、子どものわたしは「なんで、こいつらはキャッキャ言ってんだ!?」と不思議でなりませんでした。そんな疑問が氷解したのは、大人になってからのこと。上京して初めて専門店ですき焼きを口にし、「これはカツオもテンション上がるわ」と腑(ふ)に落ちたのです。

 わが家ですき焼きと呼ばれていた鍋には、牛肉が入っていませんでした。そのとき冷蔵庫に入っている食材を取りあえず使っていて、豚肉だったり鶏肉だったりとまちまち。野菜も白菜がないから代わりにキャベツを入れたりと、とてもアバウトなレシピでした。わたしはそんなゴッタ煮をすき焼きだと信じ込まされ、すき焼きイコールたいしてうまくない鍋だと思って育ったのです。

 といっても、わが家は特に貧しかったわけではないし、母が料理下手だったわけでもありません。ちゃんとしたカキの入った赤みそ仕立ての土手鍋もよく作ってくれましたし、両親が好物の湯豆腐も食卓に頻繁に登場しました。ただ、子どものころのわたしは湯豆腐の淡泊な味におかずとして物足りなさを感じていて、夕飯が湯豆腐だと聞かされるとガッカリしていましたが……。

 また、これは女子のいる家庭ではよくあることかもしれませんが、年齢がフタケタに繰り上がるころからわたしは家族で鍋を囲むことに多少の抵抗を覚えるようになりました。それは、「お父さんと同じ鍋にはしを突っ込むの、なんかイヤ」という気持ちの芽生えによるものです。わが家の場合、わたしよりも妹の方がより強くそうしたムードを醸していました。自分だけ食事の時間をズラしたり、ストレートに父に向かって何かを言ったりするわけではありません。でも、口には出さないまでも、父への微妙な嫌悪感が態度の端々に表れているのです。

 父は父で、そんな妹の態度を目の端でとらえながらも怒ったり注意したりするわけではありません。妹の態度を指摘することは自分の負けを認めることだと思ったかどうかは分かりませんが、ただひたすら見て見ぬふりをするだけ。だから、鍋のときは平時とは質量の異なるどんよりとしたぎこちない空気が食卓に漂うのです。わたしはそうした父と妹の静かな諍(いさか)いをひとごとのように眺めながら、思春期と鍋は食い合わせがよくないなと思ったのでした。

疲れたカラダが求める、やっつけ鍋
 半年ほど前、「タモリ倶楽部(くらぶ)」という番組でカツオ節の味比べの企画に出演した際、訪れた問屋さんからカツオ節をたくさん頂きました。以来、家にいて時間があるときはカツオ節でダシを取ることをよくしていて、そのおいしさにハマッています。とはいえ、本格的な料理をしているわけではありません。ありものの野菜を刻んでカツオダシに投入し、塩としょうゆで味を調えるだけ。鍋というにはあまりにもザックリとした料理ですが、味うんぬんを求めているわけではないのです。

 わたしの仕事の場合、スケジュールが立て込むとお弁当や外食が多くなりがちです。毎食のようにフライもの中心のお弁当が続いたりすると、肉料理やコッテリ系が得意ではないわたしの胃袋にはつらい状況となります。そして、そんなバランスの悪い不規則な食生活が続くと、無性に野菜を使った料理を手作りして食べたくなるのです。でも、仕事から帰って疲れた状態で、煮物だのなんだのを作るのもメンドくさい。そうしたときに、野菜を入れた鍋が重宝しているのです。だから、その鍋はやっつけというか、「食べにゃいかん」という感じでかっ込んでいます。

 四十近い独り身の女が夜中に食べる一人鍋。というと、寂しさやら何やらいろいろなものをかみしめて、といったイメージを持たれるかもしれません。でも、少なくともわたし自身は、カラダが求めるものを食べる、腹が減ったから食う、それだけです。ストイックといえなくもないけれど、寂しさが入り込む余地なんかありません。

「かわいそう」という言葉にとらわれて
 わたしの容姿なり私生活を指して、世間さまから「かわいそう」という言葉をちょうだいすることがあります。その「かわいそう」で思い出すのが、小学校以来の腐れ縁で、十五年以上コンビを組んでいる相方の大久保佳代子さんのことです。小学校時代、彼女がとても怒ったことがありました。詳しいことは忘れましたが、先生に怒られるなどして大久保さんが窮地に陥ったときのこと。わたしが同情をあらわに「佳代ちゃん、かわいそう」と言ったところ、彼女はものすごい勢いでキレたのです。そのときのわたしには、なんで大久保さんが怒ったのか全く理解できませんでした。

 小学生時代のわたしはそれほどブスではなく、何でもそつなくこなす至って標準な存在でした。「かわいそう」と言われる対象にはなかったのです。ただし、時の経過とともに予定が狂い、気がつくとわたしも不細工の仲間入りを果たしていました。そのポジションになって初めて、小学生のころに大久保さんが「かわいそう」に過剰反応した理由が理解できたのです。

 「かわいそう」は、立場が上の人が下の人に向かって放つ言葉です。心からの同情や憐憫(れんびん)があろうとなかろうと、「かわいそう」という言葉の発信源たるその人は、安全な風上に立っています。そして、小学生時代のわたしがそうだったように、「かわいそう」に含まれる残酷さや言われた方の気持ちに、言う側の人はたいてい無自覚なのです。

 などと憤ってみましたが、今のわたしは「かわいそう」という言葉に心揺さぶられることも少なくなりました。わたしも大久保さんもずっと言われる側にとどまっているのみならず、何の因果か、「かわいそう」と言われることを仕事にしてしまったからです。人からけなされ、ブスと言われることで懐に銭が入るシステムに組み込まれて十五年以上たちます。さすがに慣れたりマヒしたりで、面の皮も厚くなったし心も丈夫になりました。

 それどころか、キャリアを重ねることでそれなりにポジションも上になっている昨今。単純な下の立場ではなくなりつつあり、人から「かわいそう」と言われる機会も減少傾向にあります。そして「かわいそう」という言葉と接する機会が減ってみると、うれしいような寂しいような微妙な心持ちです。

波一つなく穏やかな一人鍋の日々
 「かわいそう」と同じくらい、わたしにつきまとう言葉に「寂しそう」があります。先日も「ロンドンハーツ」という番組の企画「格付けし合う女たち」で、「毎日が楽しくなさそうな女」の一位に選ばれました。そうしたイメージを持たれることに対して、芸人としておいしいとも感じませんし、一人の女として悲しいとも思いません。番組全体が盛り上がるよう、出演者みんなが面白くなるようにと考え、自分が与えられたポジションを全うするだけです。

 わたしには「寂しそう」と言われることがごく当たり前の日常になってしまっています。でも、世間が思っているほど、世の中が期待しているほど、わたしの日常生活は寂しくないと思うのです。それは何も、テレビでは「寂しい女」を演じているといったことではありません。ネタではなくリアルに、恋人とクリスマスを過ごしたことはないですし、二十一世紀からこっち恋愛とはとんとごぶさたです。でも、その色恋を除外した部分では、わたしの日々の生活はとても満ち足りています。

 数年前まで、仲間の女芸人数人で飲むと、会話の八割がグチ、残り二割が理想の男についてでした。それが今では、グチも夢も語ることなく、静かに家路に就きます。わたし自身の生活を振り返っても、ハッピーな出来事はありませんが、トラブルやハプニングもありません。穏やかで静かな凪(なぎ)の日々をつつましやかに生きています。そうした生活が世間の目には「毎日が楽しくなさそう」「寂しそう」と映るのかもしれません。でも、強がりなどではなく、わたしにはとても平和な充足した日々なのです。

 もちろん、唯一欠落している恋愛に関して、まったく飢餓感がないわけではありません。記憶の底をほじくり返せば、好きな人に料理を作ったときのドキドキ感がぼんやり思い起こされます。いつかいい人に巡り会って南の島でのんびり暮らせたらと、小娘のような妄想に浸ることもなくはありません。でも、そうしたことをリアルに考えるほどに、「めんどくせえ」と思ってしまうのです。「一人でいいや」という結論に達するのです。人のペースや歩調に合わせるのが好きではないですし、色つやに乏しいとはいえ、気楽で気ままな今の生活に何の不満も抱いていません。世間から「寂しそう」と言われようが、深夜の一人鍋、まったくもって上等です。

 実際、例えばこの先結婚して、子どもを授かるとします。娘が小学校五、六年生になると、言うわけです。「お父さんと同じ鍋はイヤ」って。絶対に言いますよ、わたしの血を引く娘なら。そして、鍋の周囲をイヤ〜な空気が漂うわけです。だったら、というわけでもないけれど、一人鍋で十分です。一人で鍋をつつく分には、そんな不穏な空気は漂いませんから。(談)

みつうらやすこ■一九七一年、愛知県生まれ。一九九二年、幼なじみの大久保佳代子と漫才コンビ「オアシズ」を結成し、デビュー。「めちゃ2イケてるッ!」(フジテレビ系)、「アッコにおまかせ!」(TBS系)、「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)などに出演中。著書に大久保佳代子との共著「不細工な友情」(幻冬舎)ほか。

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