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人はなぜ、水を泳ぐ金魚の姿に涼感を誘われるのだろうか。東京・本郷で江戸の昔から三百年以上続く老舗金魚問屋を訪れ、七代目女将の吉田智子さんに金魚と涼の関係について手ほどきしていただいた。 |
| 江戸時代に広まった夏の風物詩 |
金魚が中国から日本へ伝わったのは室町時代。ただ、養殖が始まるのは江戸時代からといわれています。江戸時代に入ってからも初期のころは繁殖が難しかったこともあり、ぜいたく品として一部の上流階級の間でのみ珍重されていました。わたしどもの創業年は不確かなのですが、初代が一七〇四年に亡くなったという記録が残っています。そのころはご近所にあった加賀藩の江戸屋敷にも金魚をお納めしていました。愛玩用としてだけでなく、藩主のお毒味役としても金魚が使われていたと話に聞いています。その後、養殖方法が確立されて価格が下がると、金魚は広く庶民にも親しまれるようになります。独特の売り声とともに金魚売りが町を行き交ったり、夏祭りに金魚すくいが登場したりするのは、江戸時代の中期から後期にかけてのことではないでしょうか。
また、今では金魚を飼う容器というとガラスの金魚鉢が定番となっていますが、かつてはガラスそのものがたいへん高価でした。軒先につるして鑑賞するための金魚玉という丸いガラス製の鉢なども、江戸時代の後半になって登場したものでしょう。裕福な武士や商人は高価な金魚鉢などを愛用していたかもしれませんが、庶民の間ではおけやたらいに入れて飼う方が一般的だったようです。わたしどもでは昭和になっても飼育にはおけを使っていました。黒い漆が塗ってあって、冬場の閑散期にはその塗り替えを行ったものです。漆の黒に金魚の赤が映えて、それはそれはキレイでした。
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| 金魚と水の動きを愛(め)でる鑑賞法 |
今は水槽などで飼っている人も多いので、金魚の泳ぐ姿というと横から眺める機会も多くなりました。でも、もともとたらいなどの平らな容器で飼っていたこともあり、昔は金魚といえば上から眺めるものだったのです。だからというわけではありませんが、わたし自身は今でも金魚を見るときは必ず上から眺めて楽しんでいます。
中国から最初に来た品種といわれるフナに近い体型のワキン、そのワキンから変異した品種で最も金魚らしい姿形をしたリュウキン、アタマにコブがあって観賞用として親しまれているランチュウなど、今、日本で出回っている金魚は三、四十品種ほどです。品種によっても活発だったり、そうでなかったりと動きの違いがありますし、つぶさに見ていくと金魚一匹ごとに泳ぎ方は異なります。金魚の泳ぎ方が違うということは、水の動きが異なるということ。その金魚の泳ぎに合わせて揺れ動く水を眺めるには、やはり上から見るのが一番なのです。
特に夏場にかけては、太陽が強く照りつけるので水が青く映ります。その青い水の中をたゆたう金魚の姿は、本当に風流で優雅。大げさではなく、時間が過ぎるのも忘れて見入ってしまいます。金魚は江戸時代から夏の風物詩として浴衣や扇子、うちわや手ぬぐいなどに描かれてきました。それも金魚だけでなく、水紋や水泡と一緒に描かれることも少なくありません。また、たとえ金魚しか描かれていなかったとしても、おのずと水が揺れ動く様子も連想してしまうでしょう。そうした水とのかかわりから、多くの人が金魚に涼を感じるのではないかと思います。
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| 一般的な評価と、個人的な愛着 |
金魚の種類はおおよそ三、四十品種と申しましたが、その価格となるとピンからキリまでです。ワキンやリュウキンは数十円ほどからありますが、観賞魚として人気のランチュウなどは数十万円、時には百万円を超える値段で取引されることもあります。そうした金魚の価値を決めるのが、日本各地で開かれている品評会です。そこでは白い容器に金魚を入れて上から眺め、一匹ごとに厳正な審査を受けることになります。
品評会での評価基準は、色や柄、姿形や泳ぎ方などの良しあし。ランチュウであれば特徴的なコブの形はもちろん、胴体から尾にかけて太くたくましいかどうか、赤い色の発色具合なども含めて事細かに審査します。ただし、金魚は産地によっても姿形や色味などが多少異なりますし、品評会での審査基準も各地で微妙な違いがあります。ともかく、そうした品評会で高い評価を得ると、その金魚の子どもにも期待が高まるわけです。でも、これが難しいところなのですが、金魚はそれほど品種が安定していません。ランチュウは背ビレがないことが特徴の一つですが、背ビレを持つ子どもが産まれてくることも珍しくないのです。それどころか、ランチュウらしいランチュウに育つのは一割にも満たないほど。そうした変種のような金魚は安価で取引され、金魚すくいなどに利用されることになります。
では、品評会での評価がすべてかというと、そんなことはありません。確かに、高い評価を得て高値で取引されるランチュウは独特の気品が感じられ、泳ぎ方も軽やかです。でも、あくまでも個人的な好みですが、わたしは変種の金魚にこそ愛着がわくのです。中にはワキンみたいな胴体にリュウキンのような尾を持つ、いわば犬の雑種やミックスのような金魚が産まれることもあります。そうした金魚を見ると、この良さはわたしにしか分からないかもしれないなどと思いつつ、無性に愛くるしく感じるのです。
そうした金魚はほかの金魚とは別に取り分け、じっくりとその泳ぎ方や姿形を愛でています。それこそほれた欲目、あばたもえくぼではありませんが、一度愛着がわくと姿形や泳ぎ方が不格好でもいとおしく感じられてなりません。ただし、いくら愛情を注いでいても、冷たい言い方ですが金魚はわたしどもの商品です。お客さまから「これください」とわたしの愛でている金魚を指名されると、お売りしないわけにはいきません。それでも一瞬、商売のことを忘れ、名残惜しい気持ちにとらわれるのです。
この仕事を長くやっているとよく分かりますが、人の好みは本当に十人十色。金魚は約四十品種とはいっても変種や新種も多いですし、同じ品種であっても千差万別です。他人の評価や価格の高低を気にせず、単純に顔立ちや姿形、泳ぎ方などで選んでみると、きっと自分の好みの金魚に出合えるのではないでしょうか。まずは一度、なるべくなら上から、じっくりと金魚の泳ぐ姿を眺めてみてください。
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| 手間いらずな金魚との付き合い方 |
熱帯魚はエアポンプやヒーター、蛍光ランプなどを取り付けた水槽で飼われることが一般的です。最近では金魚も、そうした水槽で飼われるようになっています。わたしどもでもお客さまの求めに応じて、水槽に取り付ける飼育用具を販売するようになりました。ただ、わたしの個人的な考えでは、金魚を飼うにあたってそれらは余計だと思っています。何しろ金魚が広く庶民に親しまれるようになった江戸時代には、エアポンプなんてありませんでしたから。そうした飼い方は邪道などというと言葉が過ぎるかもしれませんが、なるべく金魚は昔ながらの金魚鉢で飼ってほしいと思います。
例えばランチュウは体質が弱く水質にも敏感なので、細やかに気を配って飼育する必要があります。でも、ランチュウは高価ですし、初心者がいきなりを手を出すものではありません。それよりもずっと手ごろなワキンやリュウキンでも、金魚の美しい姿を十分楽しめます。それにワキンやリュウキンであれば金魚鉢だけで構わないし、それほど手間もかかりません。コーヒーカップほどの大きさの容器に、一匹だけ入れて飼うこともできます。それとは逆に、小さな鉢にたくさんの金魚を詰め込むようにして飼うのは問題外です。また、一つの鉢に違う品種のものを取り交ぜて飼うのも難しいので、初心者はやめた方がいいでしょう。でも、一般的に出回っている大きさの金魚鉢に数匹飼うのなら、神経質に飼う必要はありません。エアポンプなどは要りませんが、その代わり金魚鉢にはなるべく水草を入れてください。エサにもなりますし、何より金魚を涼やかに美しく引き立ててくれますから。
ワキンやリュウキンを飼う場合、小さな鉢なら二、三日置きに、大きめのものならもう少し間隔を空けて水を換える程度の手間しか必要としません。水は一晩くみ置いてカルキを抜いた水道水を用いてください。あとはエサやりですが、これも神経質に毎日与えなくても問題ありません。時と場合、種類にもよりますが、金魚は一週間ほどエサを与えなくても大丈夫なのです。
ただ、金魚は冬に備えて秋口に食欲旺盛になります。金魚を短命に終わらせる原因の一つに秋のエサやりが少なすぎて失敗することがあるのですが、そこさえ間違わなければ二年三年と長く付き合えるでしょう。強い日差しの下、元気に泳ぎ回る夏の金魚は格別です。そして、冬に備えて食欲を増す秋、春の訪れを待ってじっとおとなしく過ごす冬、木々が芽吹くように活動し始める春と、金魚は季節ごとの変化を全身で表現します。小さな金魚鉢をのぞいているだけでも、四季の移ろいを感じ取ることができるのです。
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| 金魚と水がもたらしてくれるもの |
金魚は手間のかからないたくましい生き物だと申しましたが、それに加え、賢さも兼ね備えています。そうしたことから、わたしは最近、金魚をペットとして飼ってほしいとお客さまに提案することもあるのです。定期的にエサをあげていると、金魚はその時間を覚えて水面に上がってくるようになります。また、ワキンやリュウキンなどは人に懐くといいますか、飼い主が金魚鉢に近づくと水面に顔を出して口をパクパクさせることがあるのです。神経質なランチュウは水中でじっとしていることが多いですし、ある程度は距離を取って観賞魚として接した方がいいかもしれません。でも、ワキンやリュウキンはペットのように積極的に接することをお勧めします。身近で接したことがない人には想像し難いかもしれませんが、愛情を注げば注ぐほど、金魚もそれに応えてくれるのです。それは犬などでも同じでしょうが、そのような意思の疎通ができるようになると、より一層、愛くるしく掛け替えのない存在に思えてきます。
縁側や玄関先、お座敷の床の間などに金魚鉢を一つ置くだけで雰囲気ががらりと変わります。金魚は花柳界でも長らく愛されてきましたが、それは風流でなおかつ愛嬌(あいきょう)のある金魚の趣によるところが大きいでしょう。今は何くれとなく慌ただしく目まぐるしい時代ですが、だからこそ金魚のような存在が貴重なものに思えてなりません。金魚の泳ぐ姿は時代に関係なく、今も昔もゆったりのんびりです。金魚鉢の中のゆるやかな動きに一日十五分でも目を留めると、日々の暮らしも穏やかなものになるのではないでしょうか。それは何も、わたしがこの商売だから言うのではありません。わたし自身、商売のことなど忘れて、金魚に陶然とする時間が少なくないからです。
まずはこの夏、金魚とその泳ぎに伴ってたゆたう水の動きに目を向けてみてください。金魚と水の双方に注意を傾けてみると、互いが互いを引き立てていることに気が付くと思います。そうして静かなゆったりとした時間を過ごしていると、涼を感じることはもちろん、日々の慌ただしさの中で忘れていたさまざまなことに金魚が気付かせてくれるのではないでしょうか。(談)
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よしだともこ■江戸時代から続く東京・本郷の金魚問屋「吉田晴亮商店」の七代目女将。同店は金魚の卸売りや小売り、金魚すくいなどを行うほか、喫茶店「金魚坂」も併設。また、下記ホームページで金魚の通販も行っている。
http://www.kingyozaka.com/ |