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いずみ中央駅が開業したのは一九九〇年四月。それより一カ月早い三月に同駅の程近くに開店したのが「ラ フォンティーヌ」だ。地元の人を中心に二十年近く親しまれている「街のお菓子屋さん」では、どのような考えのもとに日々スイーツが生み出されているのか。オーナーパティシエの佐伯俊哉さんと、スーシェフ(製造主任)の河村知子さんに話を伺った。まずは河村さんの話から──。
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わたしは大学卒業後、広告代理店で働いていたんです。でも、学生時代にケーキ屋さんでアルバイトをしていたこともあって、やっぱりパティシエになりたいと思い、退職して製菓の専門学校に入りました。卒業後の最初の就職先は、埼玉にあるウエディング関係の会社の洋菓子部門でした。ただ、そこは平日はほとんど仕事がなく、週末は目も回るような忙しさ。わたしが考えていたパティシエの仕事とは違いました。横浜の自宅から会社まで通勤に片道三時間近くかかることもあり、程なくしてその会社を辞めました。
それで自宅の近くのケーキ屋さんを調べていて見つけたのが、今のお店です。初めにホームページを見て気に入り、事前に連絡も取らずに押し掛けるようにお店に行きました。シェフ(佐伯さん)に声を掛けたところ、快く厨房(ちゅうぼう)を案内してくれたんです。スタッフの方と話をしたり、ケーキをいただいたりして、何時間もお邪魔していました。冷静に考えると失礼で迷惑な存在のわたしを受け入れてくれたこともそうですし、何よりお店の雰囲気が良くて、「ここで働きたい!」という思いを強くしました。その時点では人手は足りているという話だったのですが、その後、一カ月半ほどたって空きが出たという連絡をいただき、働き始めたんです。
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| 新人であっても自主性が問われる仕事 |
このお店では、「やって覚える」が基本です。シェフや先輩をサポートする仕事もありますが、新人でもデコレーションなどの仕上げを任されます。毎年九月にお客さまを招いて新製品の試食会を行っていますが、それに向けたケーキも入社一年目から考えます。もちろんシェフや先輩にアドバイスしてもらうこともありますが、それも自分から積極的に教えを請うことが大事。自主性や自発性が問われるんです。当然ですが、シェフはお菓子作りに関してきちんとした考えを持っています。そうしたシェフの考えを理解することも大切で、新人のころは冗談さえもメモしていました。
入った当初は余裕はなかったけれど、やりがいはずっと感じていました。積極的な気持ちがあれば何でもやらせてもらえるし、自分が成長していることを毎日実感できますから。今年、先輩の後を継ぐ形で、スーシェフになりました。自分のことだけでなく、お店全体のことを考えなければいけない立場です。後輩に指示を出したり在庫のチェックをしたりと、やることが増えたけれど、その分、視野が広がりました。ただ、技術的にはまだまだです。頭の中でイメージしたケーキを実際に作ってみると、「あれ?」ってなることも多い。そういうときはシェフに相談しますが、自分一人の力でシェフを納得させられるようなケーキを作りたいですね。
このお店で良かったと思えるのは、「街のケーキ屋さん」だということ。お客さまとの距離が近いので、「おいしかった」とか「ありがとう」と直接言われる機会も多いんです。やっぱり、お客さまの笑顔に接することは励みになるし、仕事に対する思いも強くなりますね。(談)
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| 師から教わった食に対する考え方 |
続いての登場は佐伯さん。彼が最も影響を受けたのが、ジャック・ボリー氏だ。日本の人間国宝にあたる「M.O.F.(フランス最高職人賞)」の称号をフランス政府から授与された名料理人で、東京・銀座のフレンチレストラン「ロオジエ」のエグゼクティブ・シェフを務めた方。その「ロオジエ」で、佐伯さんはボリー氏から薫陶を受けた。
僕は二十歳ごろにこの世界に入り、幾つかの店で修業した後、「ロオジエ」に入社したんです。ボリー氏はコックですし、僕らパティシエとは働くフロアも違っていました。だから、直接彼の下で修業したわけではありません。ただ、彼はトップですから、僕らが作るケーキにも目を通しています。物珍しいお菓子などを作ると、「どうやって作ったの、教えて」なんて気さくに声を掛けてくるんです。ランチが終わって一息つく時間帯などに、そうやって彼と交流を深めました。
ボリー氏からの一番の影響は、食に対する考え方です。フランスには素晴らしい料理やお菓子がたくさんありますが、それだけではありません。農業大国でもあるし、食文化そのものをとても大切に考えている。彼と接する中で、僕もただケーキを作るだけでなく、食文化や食糧事情などにも考えを巡らせなければいけないんだと思うようになりました。
その「ロオジエ」を辞して自分の店を開いたのは、「街のお菓子屋さん」をやりたかったから。僕が「ロオジエ」にいたのは一九八〇年代後半、バブルの全盛時です。当時は「ロオジエ」も、一般の人には手が届かないような高価なコースを提供していました。パティシエとしてやりがいのある仕事を任されていたし、ジャック・ボリー氏のそばで働けるのは楽しかった。でも、広くみんなに親しまれるようなお菓子を作りたいという気持ちが、次第に大きくなっていったんです。敷居が高くなく、きちんと手の込んだお菓子の並ぶ店。「うちの近所で評判のお菓子なんです」って手土産に重宝されるような、そういう「街のお菓子屋さん」を手掛けたかったんです。
僕は当時から藤沢に住んでいて、「ロオジエ」までは片道二時間かけて通勤していました。そこで藤沢の近場で、実家のある保土ケ谷ともそう遠くない所を探していて、今の店舗を見つけたんです。いずみ中央駅の開業直前で、これから発展していく街というイメージも良かった。開店に当たっては自信よりも不安の方が大きかったけれど、「僕の作ったお菓子をみんなに食べてほしい」という思いに、自分自身が引っ張られるような感じでした。
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| 食べたときの気持ちを考えたケーキ |
僕が開店当初から一貫して心掛けているのは、洋菓子作りの基本軸からズレるようなことはしないということ。はやりものには手を出さず、「マジメに作る」というごく当たり前のことです。洋菓子の基本的な素材は砂糖、バター、小麦粉、卵。この四つの配合を変えることで、クッキーやパイにもなるし、シュークリームの生地にもなります。うちでは香りの良い発酵バターを使っていますが、経営者として考えるともっと安いマーガリンを使った方がいいのかもしれません。でも、それでは本末転倒でしょう。お菓子を作る上で手を抜くようなことはしたくないし、食材に関しても妥協はしたくありません。
また、ポリシーというと大げさに受け取られるかもしれませんが、きちんと甘いお菓子を作るというのも僕が心掛けていること。僕自身、甘いものが好きだし、甘いものが食べたくてケーキを口にします。だから、しっかりとした甘さとコクのある、主張のあるお菓子を作ることが僕のポリシーなんです。もちろん、ただ甘いだけでなく、甘さの中に変化を付けることは忘れませんが、甘さを抑えるようなことは考えません。砂糖は甘さだけでなく補形性、お菓子の形を保つ役割も兼ね備えています。そういう意味でも、昔からのレシピは守らなければいけないというか、崩しようがないんです。バターも風味豊かでおいしいので、カロリーのことを考えて使用を控えるのではなく、適切な量を使っています。
特に最近は、甘さやカロリーを気にする方が増えているようです。でも、ケーキは朝昼晩と食べるようなものではありません。誕生日などの晴れの席で口にするものでしょう。そうした場の雰囲気とも相まって、ケーキを口にすると幸せな気分に浸ることができる。少なくとも僕は、甘いものを食べると豊かな心持ちになります。だから、カロリーを気にするのではなく、ケーキがもたらしてくれる楽しい気分の方を重視したいと考えているんです。
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| スタッフの採用基準は「食いしん坊」 |
僕自身が甘党だと言いましたが、そのことはスタッフの採用基準としても重要なポイントです。うちでは正式に採用する前に一日か二日、研修で働いてもらいます。研修は無給ですが、その代わり、お菓子食べ放題なんです。一日に一個しか食べない子もいれば、四個五個と食べる子もいる。当然、たくさん食べる子の方が見込みがあります。
スポンジケーキとクリームがあったとして、食べることに興味のない人は均一に重ねがち。でも、食べることが好きな人は、どの割合でスポンジケーキとクリームが口の中に広がるのがいいか、考えられるんです。自分にとってのおいしいケーキをイメージできるから。技術的なことは経験を重ねれば、ある程度は上達します。「習うより慣れよ」で、僕がスタッフに教える際も口で説明するよりも、実際に手を動かしてもらうことを重視します。そこで言われたからやるのではなく、食べる人のことを考えてできるかどうかが大切。それは僕が教えることではないというか、自分で気付くべきことでしょう。だから、食いしん坊の方が成長する余地が大きいんです。
うちでは積み立てをして、製造と販売のスタッフ十名ほどを引き連れて、ランチで一万円のコースを提供するようなレストランに年二回出掛けます。特に若いスタッフは高級なレストランに行く機会もないだろうと思い、そういう場を設けているわけです。楽しい時間を過ごしてくれればいいのですが、「楽しかった」「おいしかった」で終わってしまうのは困りもの。盛り付けや味、サービスなど、学ぶポイントはたくさんあるんです。それも僕に言われて目を向けるのではなく、自分で気付かないと意味がありません。やはり自主性が大事で、そういう面でも食べることが好きかどうかの違いは大きいんです。
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| パティシエにとっての一番楽しい時間 |
今から十年ほど前に、卵アレルギーの方向けのケーキ「ノンタマ」を開発して、製法特許を取得しました。特許を取得することはレシピをオープンにすることなので、店にとって不利な面もあります。ただ、お客さまに安心していただく裏付けになればと、製法特許を申請したんです。
そのケーキを作ったのは、お客さまから「卵を使っていないケーキはないですか」と問い合わせがあったから。卵はスポンジケーキにとって欠かせない食材ですから、「ノンタマ」の開発は一筋縄ではいきませんでした。でも、ケーキを食べられないなんて寂しいでしょう。食べたくても食べられない人がいるならば、何とかするのが自分の務めだと考えたんです。
「ノンタマ」に限らず、新たにレシピを考え、それを形にする作業は簡単ではありません。でも、「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤している時間が一番楽しい。いざ完成してホームページなどに載せるために自分で写真を撮りながら、「こいつはかわいいな」なんて一人悦に入っているんです。
安心や安全のことを考えて、うちのホームページでは店で出しているお菓子の食材などを明示しています。月二回ほどお菓子教室を行っていますが、そこでも食の安全などについて話をしています。偉そうですが、お菓子を通して日本の食文化を啓発する一翼を担えればという思いが少なからずある。ただ、そうした考えやお客さまに喜んでもらうことも大切だけど、何よりもまず、僕自身がお菓子を作ることが心から好きなんですね。(談)
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さえきとしや■一九五八年、福岡県生まれ。二十歳ごろに洋菓子の世界へ入り、東京・銀座の三つ星フレンチレストラン「ロオジエ」などで修業の後、一九九〇年に横浜市泉区に「ラ フォンティーヌ」を開店。
かわむらともこ■一九八一年、神奈川県生まれ。二〇〇六年から「ラ フォンティーヌ」で働き始め、現在、スーシェフ(製造主任)を務める。
商品やお菓子教室などの詳細は、下記ホームページを。
http://www.la-fontaine.co.jp/ |