>>瓦版トップ >>182号トップ >>特集 スイーツ名人の極上マジック
Photography:Matsubara Takeshi
 テレビや雑誌などで紹介されることも多い東京・中目黒の人気店「パティスリー ポタジエ」。店名の「ポタジエ」はフランス語で「家庭菜園」を意味し、店内のガラスケースにはゴボウやニンジン、トマトなどの野菜を使ったスイーツが並んでいる。そんな野菜スイーツの魅力について、オーナーパティシエの柿沢安耶さんに話を伺った。

笑顔で食べられ、ヘルシーなものを
 わたしは二十六歳の時、栃木県で有機野菜の料理を提供するレストランを始めました。野菜をおいしく食べることができ、お客さまが元気になれるお店を手掛けたいと考えてのことです。もともとわたしはフランス料理のシェフを志向していました。大学在学中から料理研究家の先生の下で学び、短期間ながらフランスへも留学しています。ただ、わたし自身が肉料理が苦手なことなどもあって、徐々に別の道を考えるようになりました。それには、わたしが子どものころから体が弱かったことも関係しています。そうした中で、玄米や野菜を中心とした食事法のマクロビオティックやベジタリアンのことを知り、勉強するようになりました。野菜中心の食事法を実践すると健康になるし、それと同時にさまざまな有機野菜の魅力を実感します。そうしたことがレストランの開店へとつながっていったのです。

 栃木県にお店を構えた理由は、主人の実家があることと、おいしい野菜を作っている有機栽培農家がたくさんいらっしゃること。収穫したばかりの新鮮な野菜を料理に使いたかったので、食材を手に入れる上で何かと都合が良かったのです。そのレストランでもスイーツは作っていましたが、野菜を使ったものはほかのお店でも見掛けるカボチャのモンブランなどのポピュラーな種類だけでした。スイーツになじみのない野菜をケーキに使うようになったのは、あるお客さまからのリクエストがキッカケです。

 よくカップルでお越しになるお客さまがいて、あるとき、男性の方から「彼女の誕生日が近いので、何かビックリするようなケーキを用意してください」と頼まれたのです。野菜をメーンに据えたレストランなので、今までにないような野菜を使ったケーキを作りたい。でも、ただ野菜を盛り付けたケーキでは驚かれないだろうし……。そういったことを考えていて、料理のソースに使うコマツナのピューレが目に留まったのです。

 火を通すと茶色っぽくなるかもしれないし、臭いがジャマをするのではなどと思いつつ、そのピューレを混ぜてスポンジケーキを焼いてみました。すると、事前に考えていたことは杞憂(きゆう)に終わり、キレイな緑色をして味も申し分のないコマツナのスポンジケーキができたのです。それにデコレーションを加え、お客さまの目の前で切り分ければ、鮮やかな緑色に目を奪われるでしょう。誕生日当日、カップルのお客さまにお出しして切り分けたところ、驚くと同時にとても喜んでいただけました。

 わたし自身、ケーキをはじめスイーツ全般が大好きです。ただ、ケーキには砂糖をたくさん使いますし、カロリーの高いものも少なくありません。そもそもケーキは、楽しいときや幸せなときに食べるものでしょう。せっかく笑顔で食べるものならば、ヘルシーであってほしいという思いを以前から持っていました。そこで、そのコマツナのケーキがきっかけになって、野菜を使ったヘルシーなケーキを作ることに力を注ぐようになっていったのです。

野菜が作られている現場に赴く意味
福島県産プチトマトを使ったショートケーキ作り。「このトマトは甘みが強く皮もおいしいので、そのまま使っています」
 栃木のレストランで出していた野菜スイーツが評判になり、二〇〇六年には東京に専門店を開店することができました。野菜スイーツに関して多くの方から好意的な感想をいただき、本当にうれしく思っています。ただ、野菜スイーツというと、首をかしげたり眉をひそめたりする方がいらっしゃるのも事実です。でも、ヨモギを使って草餅(くさもち)を作ったり、エダマメをすりつぶしてずんだ餅を作ったりするでしょう。ほかにも、ヤマイモやレンコン、ゴボウなどを使った和菓子もあります。野菜スイーツというと奇抜なようだけれど、洋菓子の形をした和菓子と言えなくもないのではないでしょうか。ただし、多くの和菓子が砂糖をたくさん使うのに対し、野菜スイーツではそれほど砂糖を使わないという違いがあります。全般的に野菜は、果物のように強い香りや甘さがありません。ほのかな野菜の風味を引き出そうと思うと、自然と砂糖の使用量も減ってくるのです。使っている食材はどれもわたし自身が大好きなものだし、味だけでなく色味のことなども含めて、その野菜自身の魅力を最大限伝えたいと思っています。

 新しく野菜スイーツのアイデアを考えるときも、その野菜について知ることから始めます。原産地はどこか、その周辺の地域にはほかにどんな食材があるのかなどを調べ、そこからアイデアを練るのです。それと、なるべく野菜が作られている産地に足を運ぶことも、新しい野菜スイーツを考える上で大きなポイントです。先日、静岡県に招かれて、ズッキーニを使ってケーキを作る機会がありました。産地へ伺うと、ズッキーニが収穫されるのと同じ時期に、ほかにもいろいろな食材が出回っています。そのときは独特の風味がある「べにふうき茶」や、ミカンの花を主原料にしたハチミツを、それぞれズッキーニと合わせました。同じ地域で同じ時期に収穫されるもの同士を組み合わせると、ミスマッチのようなものでも意外と相性良く仕上がることが少なくありません。そうしたことを知るためには、やはり産地に足を運ぶことが大切だと思います。

 わたしだけでなくスタッフも、少なくとも月に一度はお付き合いのある農家の方の畑にお邪魔しています。農作業を手伝わせていただき、野菜を育てる上でのご苦労などについて話を伺うのです。それは農家の方との付き合いを深める目的もありますが、それだけではありません。その野菜がどのように実るのか、どんな花を付けるのかといったことを知っているのといないのとでは大違いだからです。収穫前の野菜の姿や花の色からアイデアを膨らませることもできるし、隣の畑の別の野菜に目が留まることもあります。アイデアを得ることはもちろん、自分たちが扱う野菜のことをきちんと知る上でも、畑に出向くことにはとても大きな意味があると思います。

畑で自分が感じたことをスイーツに
 この仕事を通じて、日本全国の農家の方と知り合うことができました。でも、東京で生まれ育ったわたしにとって畑は、二十六歳でレストランを開店するまでまったく縁のない場所だったのです。それが農家の方にいろいろと案内していただいたり、作物を使った料理をごちそうになったりするうちに、多くのことを学んでいきました。

 最近の子どもは切り身の魚が海を泳いでいるのだと思い違いしているという話がありますが、わたしもそういったお子さんと大差ない状態でした。初めは田んぼと畑の区別も付かず、「土って、こんなに軟らかいんだ」などと取るに足らないことにもいちいち大きな声を上げていたほど。農業が天候に左右されることや取れ立ての野菜には土が付いているといった、とても当たり前のことに驚いていたのです。また、野菜はスーパーなどに並んでいる状態では単なる食材としてモノ扱いしがちですが、畑では命を宿した生き物なんだということを実感できます。その命をいただくから食事の際に「いただきます」と言うのだと、知識ではなく感覚で理解できたのです。

 農家の方との会話も目からウロコが落ちるようなことがたくさんありました。あるとき、キャリア三十年の方が「三十回しか経験がない」とおっしゃったことがあります。農業では年に一回しか作るチャンスがない野菜があります。一日に何度も作れる料理とはまた別の、大変な世界で農家の方が試行錯誤をしていらっしゃることを知り、胸が打たれる思いでした。

 そういったことを見聞きする中で、わたしの野菜に対する思いも大きく変わりました。もともと野菜は好きでしたが、一つ一つの野菜に対していとおしさを感じるようになったし、その野菜の背後にあるものにも思いをはせるようになったのです。有機野菜は体にいいから食べるという考えは間違いではないけれど、それだけじゃない。農家の方々がたくさんの手間や労力を掛け、さまざまな思いを込めて作ったものだからこそ、大切にいただきたいと考えるようになりました。

 野菜スイーツを作ることに力を注ぐようになったのも、わたしが見聞きしたことを多くの人に知ってほしいと考えてのことです。ケーキであれば、小さなお子さんでも取っつきやすいですから。親子を対象にケーキ作り教室を行うこともあるのですが、お子さんの反応はわたしにとっても大きな励みになります。ナスやトマトが苦手なお子さんでも、お母さんと一緒に作った野菜スイーツだと苦もなくというか、笑顔で食べてくれるのです。好きではなかった野菜を食べ、しかも好きになってもらえる。当然、そのお子さんのお母さんは喜んでくれますが、わたしも平静を装いつつ内心では大喜びです。

 喜んでいただけるということでは、農家の方も同じです。多くの方から「こんな食べ方は知らなかった」「新しい面を引き出してくれてありがとう」などと、感謝の言葉をいただいています。煮たり焼いたりといった日常的な料理ではなく、スイーツという非日常の姿に野菜が生まれ変わることで、農家の方にも驚きや喜びを感じていただけるようです。

 野菜スイーツを作り始めた当初から、そうなったらいいなと思っていました。でも、スイーツにすることで、こんなに多くの方々に野菜の魅力や可能性を伝えることができるのかとわたし自身も驚いています。もちろんスイーツですから、まずは食べた方に「おいしい」と感じてもらいたい。そして、そこからさらに、その野菜の成り立ちなどの背景にも思いを巡らせてほしいと思います。大げさな言い方かもしれませんが、野菜スイーツを口にすることで畑を感じてもらえたら、わたしにとっては何よりの喜びです。(談)

かきさわあや■一九七七年、東京都生まれ。大学在学中からフランス料理を学び、卒業後はパティスリー(洋菓子専門店)やレストランに勤務。二〇〇三年にオーガニック野菜がメーンの「オーガニックベジカフェ・イヌイ」を栃木県にオープン。デザートメニューの野菜スイーツが評判になり、二〇〇六年に野菜スイーツ専門店「パティスリー ポタジエ」を東京・中目黒に開店。著書に「野菜ごちそうレシピ」ほか多数。下記のホームページでは通信販売も行っている。
http://www.potager.co.jp/

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