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「細かな点にまで気を使って価値を追求すること」という意味合いで使われているこだわり。でも、本来は「ささいなことを必要以上に気にすること」という意味なのです。こうした昨今の言葉の変わりようなどについて、このページでは少しだけこだわって考察していきます。
[第22回] 「ですよねー」に「ホントですか」、打ち損ねな相づちたち
ことばの問題

Q.次のうち、正しいのはどちらでしょうか?

A 「今日は寝不足です。だから、運転は控えます」
B 「今日は寝不足です。なので、運転は控えます」

※答えはこのページの下に掲載しています。

 わたしが熱を込めて真実を語ったところ、若い人から淡々と「ホントですか」という言葉を返されてがっくりきたことがあります。あるいは「うっそー」と言われ、怒りを通り越して力抜けしたこともありました。彼らは決してわたしの話を信用していないわけではなく、ただの相づちでそういう言葉を口にしたのでしょう。そうだとしても、義憤や落胆、あるいは不安を呼び覚ますような失礼な相づちは困りものです。

 最近、耳にすることの多い「ですよねー」も、混乱を招きかねない相づちの一つです。これは「そうですよね」の「そう」が省略されたもので、その点を問題視する人もいます。ただ、「(そう)ですが」「(そう)だが」のように、「そう」を略す言い方はほかにもあります。「そう」の省略が不自然な印象を与えるということもありますが、それよりも問題なのは語尾の「よね」にあるのです。そもそも「よ」は、自分の気持ちや意見を相手に伝えるときに用います。一方の「ね」は、相手と同じ気持ちや情報を共有していることを表すものです。では、二つが組み合わさった「よね」は、どうでしょう。例えば「ステキな帽子ですね」の「ね」を「よね」に置き換えてみると、やや妙な印象を受けるのではないでしょうか。

 「よね」が使えるのは、お互いに前々から知っていたこと、知っていて当然のことに限られます。それを今気付いた相手の帽子を褒める際に用いると、不自然に感じられるわけです。しかも、単なる同意や同感を表す「ね」と異なり、「よね」には「よ」が持つ主張の強さが感じられます。いわば、同じ気持ちや知識、情報を共有していて当然といったニュアンスが含まれています。そのため、あたかも以前から知っていたかのように「ですよねー」と相づちを打たれると奇異に感じ、同意を無理強いするかのように「〜ですよね?」と質問されるとやや不快に思われるのです。

 特に公の場所で「ですよねー」や「ホントですか」といった相づちを使用するのは考えものです。話の腰を折るだけでなく、ひいてはその人の人間性に対して「ホントですか」と疑義を抱かれかねません。相づちの打ち損ねには、くれぐれも留意してください。(談)

ことばの問題

A.正解は、Aの「寝不足です。だから、運転は控えます」。

【解説】本来は「寝不足なので、運転は控えます」と、接続助詞のように用いる「なので」。それを接続詞として使う例が増えています。「から」は理由や原因を、説明を必要としない自然なものとして示し、「ので」は説明(理由付け)が必要なものとして示します。
 したがって、「なので」にはわざと説明している感じが伴います。「ですので」も同様ですが、だいたい「なので」はこれまでになかった言い方なのです。


きたはらやすお■筑波大学名誉教授(元学長)。独立行政法人日本学生支援機構理事長などを歴任。多くの辞典の編纂(へんさん)に携わっているほか、「問題な日本語」(大修館書店)などの編著書も多数。

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