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図版提供/今尾恵介(以下同)
サハラ砂漠の地図。フランス官製世界図1:1,000,000 
Carte International du Monde「トンブクトゥTombouctou」
 街を歩く際、心強いパートナーとなってくれるのが地図の存在だ。今尾恵介さんは国内外の地図に精通し、地図に関するさまざまな著書をお持ちの方。そんな今尾さんに、実用一点張りと思われがちな地図の楽しみ方、地図を手に歩く面白さなどについて語っていただいた。
想像力を刺激する地形図との出合い
 わたしが地図の面白さに目覚めたのは中学一年生の時。社会の授業で、先生が国土地理院発行の二五〇〇〇分の一の地形図を見せてくれたのです。それまで地図というと、日本地図や神奈川県の全図といった縮尺の小さなものしか目にしたことがありませんでした。初めて目にする二五〇〇〇分の一の地形図には、それまで見たことがない世界が広がっていたのです。

 わたしは横浜市旭区の万騎が原中学校に通っていたのですが、その地図には校舎も載っていたし、通学路の細い道も載っていた。学校には二五メートルプールがありました。二五〇〇〇分の一ということは、二五メートルが一ミリメートルになります。実際に計ったら、本当に一ミリメートルの長さでプールが記載されていたのです。そうした精密さに妙な感動を覚えました。

 その翌週には、自分が暮らしている地域が記載された横浜西部の二五〇〇〇分の一の地形図を早速買いました。自分が知っている景観が地形図にどう記載されているのか、じっくり読み込みたかったのです。その後も親せきが住む横須賀市や東京都など、実際に足を運んだことがある地域の地形図を買い求めました。一般的な市街地図と違って、地形図には建物や交差点の名前などは載っていません。でも、広葉樹か針葉樹か、田んぼか畑かなどといったことが地図記号によって分かるし、等高線で地形も分かる。つまり、風景が描き込まれているのです。その地形図に再現された地域の風景や景観は、わたしの想像力を大いに刺激してくれました。

 そうしたことを重ねる中で、まだ行ったことのない地域の地形図にも徐々に興味がわいてきました。わたしが中学一年生の時に沖縄がアメリカから返還され、しばらくすると沖縄本島や石垣島などの地形図が発売されたのです。そうした地形図を買ってきては、まだ見ぬ沖縄の風景に思いをはせました。同じ時期に興味を持ったのが北海道の端っこ、ほとんど人が暮らしていない地域の地形図です。地形図の名前、図名は都市や集落の名が用いられることが多いのですが、北海道の原野には集落がないこともあります。そんな場合には、川などの名前が図名に用いられるのです。「別寒辺牛(べかんべうし)川中流」や「茶内(ちゃない)原野」といった図名にひかれ、北海道の地形図を次々と買い求めました。これらの地形図を広げると、大抵は緩い間隔で等高線がうねるように描かれ、小さな川が原野の中を蛇行している。それまでに見た本州の地形図との違いに驚くとともに、大いに想像をかき立てられました。長じて、そうした茫漠(ぼうばく)たる原野を実際に歩いて旅しましたが、そのときは感慨も大きかったです。

それぞれのお国柄が分かる地図記号
スイスの山岳地域の地形図 スイス官製1:50,000 Landeskarte der Schweiz
「ユングフラウJungfrau」1981年発行
 わたしは以前、音楽関係の出版社で働いていましたが、そこでの業務の一つに楽譜の輸入がありました。そのついでにいろいろ調べてみると、日本の国土地理院に相当する機関が各国にあり、それぞれ官製地図の目録を出していることが分かった。そこで片っ端からカタログを請求し、気になる地図を個人輸入するようになったのです。それ以前から専門店で海外の地図を購入していましたが、個人輸入を始めてからは一層のめり込むようになりました。

 当然といえば当然ですが、お国柄が地図にも表れていて、色遣いやデザインも国によって違います。個人的に好きなのは、スイスやフランス、ドイツといったヨーロッパの地図。いずれも色彩がきれいだし、引かれている線が精緻(せいち)で洗練されているのです。フランス官製のサハラ砂漠の地図を見ると、砂の中に風紋のようなものまで描かれていて、その綿密さにほとほと感心します。

 各国の特徴が最も分かりやすく表されているのが地図記号です。教会はどこの国もだいたい十字架で表しますが、ヨーロッパの多くの国では教会(チャーチ)と礼拝堂(チャペル)を区別し、別々の記号を設けています。ドイツなどは教会の塔の有無、塔が一つか複数かを区別しているし、オーストリアでは路傍に建てられた十字架にまで独自の記号を与えています。ヨーロッパでは古くから教会を中心に都市が発展してきました。キリスト教関係の地図記号が細かく設けられていることは、人々の生活に信仰が深く浸透していることの現れなのでしょう。
南米仏領ギアナの熱帯雨林。湿地を表す平行線に○が混じっているのがマングローブ林の記号。ヤシ科樹林を表すヤシ型記号も見られる
フランス官製地形図1:50,000 Carte topographique
「マナ Mana」1993年発行

 地図記号をつぶさに見ていくと、その国や地域の気候風土なども分かります。カナダには日本の地図にはない氷河や氷雪に関連した記号が多く、かの地の厳しい寒さが想像できるし、逆に熱帯、例えばフランス領ギアナの地図を見ると、マングローブのジャングルを表す記号を目にすることもできます。

 今は一種類ですが、かつて日本では水田、泥田、乾田と、同じ田んぼでも三種類を区別して地図記号を設けていました。日本人の主食を産する場所への思いのほどがうかがえます(これは歩兵部隊が行軍できるかどうかを示す軍事的役割もありました)。海外の地図に目を転じると、ワインの本場であるフランスでは、一般の果樹園とワインヤード(ブドウ畑)は別記号。ドイツやイタリアといったワインの産地でも、ワインヤードは独自の記号です。日本にも山梨県などにワインヤードはありますが、残念ながら地図記号は果樹園。ミカン畑やリンゴ園と一緒で、独自の記号ではありません。ちなみに、ドイツにはホップ畑の記号も設けられています。さすが「ビールの国」です。

地図を手に歩くと見えてくること
 わたしが愛用している官製の地形図は、測量結果を基にした客観的な地図です。華厳の滝も無名の滝も同じ扱いだし、観光地図や道路地図などと比べると一見、素っ気ない。でも、等高線を基に地形を想像することができるし、読み取る力さえあれば多くの情報を得られます。しかも、ある地域の地形図を時代を追って見ていくと、道路や建物がどう造られたか、自然の地形に人間がどのように手を加えたかといったことも見えてくるのです。

 わたしは戦前などに作られた古い地図のコピーを手に、実地検証のように街を歩くことがあります。古い地図を見ながらその街がどう発達してきたか、どう変ぼうしたのかを考えて歩くと、多くの発見がある。端的なのが住宅地の中の道路です。自動車が一般的ではなかった時代に造成された道路の多くは、曲がり角が直角かそれに近い急なものになっています。それが時代とともに、自動車が角を曲がりやすいように「隅切り」してあるのです。さらに新しいニュータウンでは車道と歩道が分離され、歩行者にも配慮した道路が増えます。道路を見るだけで、その住宅地が造成された時代背景や開発時の流行のようなものまで分かってくるのです。

 道路ということでは、古い地図を手に街道の旧道を歩くのもお勧めです。二俣川駅の近くから三ツ境駅にかけて、厚木街道の旧道が現在の道路の北側を通っています。旧道といっても、明治以降に坂道や石段をならした道が少なくありません。旧厚木街道では、二俣川小学校の近くに旧道の名残と思われる石段があり、往事の雰囲気を今に伝えています。実際に旧道を歩いてみると、沿道には住宅街が続いていて昔の面影はほとんどありませんが、今の道路と違って旧道は自然の地形に沿って造られているものが多く、うねうねと蛇行しています。新しく造成された一本道と違い、自然なカーブを描く旧道は角を曲がるたびに新しい風景が開けるので、歩いていて飽きません。そうしたことも旧道歩きの魅力だと思います。

 それでもわたしの旧道歩きはいい加減で、脇道にそれることも少なくありません。旧厚木街道を歩いたときもそうで、旧道をそれて鎌倉時代の武将、畠山重忠の石碑に立ち寄りました。よくよく考えると、そこはわたしの中学校時代の通学路だったのです。当時は石碑など見向きもしませんでしたが、あらためて碑文を読んでみました。すると、周辺は畠山重忠と北条義時の古戦場で、彼らが率いた騎馬の数から「万騎が原」の地名が誕生したという説明も書かれています。そんな歴史的背景を知るには、やはり図書館です。わたしは街歩きの最後に必ず図書館に寄り、地元の郷土史家が書いた歴史書などに目を通すようにしています。地図をよく見て、実際に歩き、歴史を知ることで、その街を奥行きあるものとして把握することができるからです。

 相鉄線沿線も含め、東京郊外には息をのむような絶景などはないかもしれません。でも、地図を手にちょっと想像をたくましくして街を歩くと、いくらでも新たな驚きを感じることができると思います。例えば帷子(かたびら)川は、かつては蛇行していた川筋がかなり真っすぐに整備されました。以前の川筋である蛇行の跡地は現在、公園や遊歩道として整備されている所もあります。旧道もそうですが、そうした歴史の足跡のような場所を訪ねると、地味ながらも深く豊かな面白さを味わえるはずです。

 国土地理院発行の二五〇〇〇分の一の地形図は一枚二百七十円。図書館などへ行けば、昔の地図をコピーすることもできます。まずは、そうした地図やコピーをじっくりと眺め、想像を膨らませてください。そうして地図を手に街を歩いてみると、普段から見慣れた街並みや景色も、それまでとは違った表情を見せてくれるのではないでしょうか。(談)

いまおけいすけ■一九五九年、横浜市生まれ。中学生のころから国土地理院の地形図や時刻表に親しむ。その後、出版社勤務を経て、一九九一年にフリーランサーとして独立。日本国際地図学会評議員、(財)日本地図センター客員研究員。著書に、「日本地図のたのしみ」(角川学芸出版)、「住所と地名の大研究」(新潮選書)、「世界の地図を旅しよう」(白水社)ほか多数。

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